Athlete # 27
駅伝
麗澤大学 陸上競技部
2017年度より山川監督を迎え新体制スタート。わずか半年で成果を上げる
正月の風物詩ともいえる「箱根駅伝」。正式名称を「東京箱根間往復大学駅伝競走」といい、国内の学生スポーツ競技会の中では特に高い人気を誇っている。出場できるのは20校と、出場校以外の選手で編成された「関東学生連合チーム」が基本。そこに、5年ごとの記念大会には「関東インカレ成績枠」が設けられる。来年2019年の第95回の記念大会にはこの枠が適用されるため、合計22団体が2日間の熱い戦いを繰り広げることになる。
千葉県にある麗澤大学の陸上競技部は「箱根駅伝本戦出場!」を合言葉にチーム一丸となって、箱根駅伝本戦出場枠である「箱根駅伝予選会」の8位入賞を目指している。麗澤大学は、昨年2017年10月の予選会で初めて15位となり過去最高の成績を収めた。しかし、その前年の2016年は22位と過去最低の成績で苦渋を味わっている。たった1年で7位も順位を上げることに成功した舞台裏には、チームが生まれ変わった物語が存在する。2017年4月、麗澤大学陸上競技部は新監督に山川達也氏を迎え入れた。
「今のままなら去年と同じ。本当にこのままでいいのか?」。部員たちの心に再び火が灯った夏合宿
山川監督は監督就任前の7年間、コーチとして麗澤大学陸上競技部に在籍していた。これまでは外部から監督を招へいすることが慣例だったようで、部の内情をよく理解している人物とはいえ異例ともいえる抜擢だ。
麗澤大学陸上競技部の部員たちは、歴代の監督が全国各地の大会を視察してスカウトしてきた選手ばかりで士気も高く、優れた才能を秘めている。誰もが箱根駅伝を当然の目標に掲げて麗澤入学してきているのだ。だが、なかなか成績は振るわず、予選会では18~22位を常に推移。「出場選手をはじめ部員の士気が下がっていた」と山川監督は感じていた。
「負け癖がついてるというか、結果が思うように出ないことへの諦めがあり、心底本気になれないようでした。監督に就任してどこから始めようかと考えたとき、練習メニューの改革よりも手前の段階の『意識改革』が必要だと思いました。本来は、箱根駅伝に出場するためにこの部に来てくれている子たちばかりです。だから、『何のために今ここにいるのか』という意識を呼び起こそうと思いまして」
しかし、今までのような“兄的な立場”のコーチと、部の方向性も選手の采配もすべて任されている監督とでは、立場も違えば部員たちの見る目も変わってくる。就任したての4月に、いきなり檄を飛ばせば、部員たちは聞く耳を持たないかもしれない。そう予想した山川監督は、話す機会を見計らっていた。そして、そのタイミングは夏合宿の初日に訪れた。
「『今のままでは去年と同じ予選会で22位だ。本当にこのままでいいのか?』と部員たちを集めて真剣に話しました。話をしていくうちに、部員一人ひとりの顔つきと目が変わっていくのが手に取るようにわかりましたね。それぞれが置かれている立場に関係なく、心に火がついたことが伝わってきました」
この対話を境に、一人ひとりが箱根駅伝に向かって自主的に動き始めたという。
「自分で考える癖」をつける。「心の成熟度」があってこそ練習の質は高まる
新体制になって改革したことを山川監督に尋ねてみた。すると「練習メニューは特に変えていません。スタンダードな練習ばかりだと思いますよ」と意外な答えが返ってきた。では、どうして本気モードになった夏合宿から予選会までの約2か月の間で、選手たちはタイムを上げられたのだろうか。その答えをキャプテンである4年生の西澤健太が説明してくれた。
「確かに練習メニューは同じですが、『やらされている』と感じる練習ではないんです。山川監督からは『自分の体調や疲労具合などをよく考えて、練習量やスピードを調整しなさい』といわれています。例えば、個人練習のジョグでは、一人ひとりジョグへの取り組み方が違います。体調も調子も上がっている選手は、それを加速させるような走り方をしますが、逆に体調も気持ちも少し下がっている選手は、心身のバランスを調整するために走ったりします。自分の身体の調子やモチベーションを感じながら練習を調整するなんて考えたこともなかったので、初めは試行錯誤でした。でも、慣れてくると自分と対話することの大切さがわかるようになりました」
西澤の言葉を聞いた山川監督は、少し照れ笑いを浮かべながら口を開いた。
「駅伝は、スタートしたらすべて自分で決めなくてはいけません。そして、ペース、終盤に訪れる疲労、天候、自分自身の体調と仕上がり具合などを総合的に判断し自分をコントロールするには、考えすぎるのも熱くなりすぎるのもダメ。特に予選会では、スタートしてしまえば監督やコーチは何もアドバイスできません。だからこそ日頃から自分で考え、判断する癖をつけておかないと本人が困る。『自分で考え判断できる選手』を育てたいというのは、昔からありましたね」
「自ら考える癖」には、もう一つの狙いも含まれている。
「どんなに良い練習をしても、選手本人のモチベーションがなければ成果は出ません。つまり、本人の『心の成熟度』によって、練習の質や量は変わるのです。走ることだけが練習ではありません。成長を促す練習にするには、心の成熟度を高めながら自発的に取り組む姿勢が必須。そこに導くのが指導者の役目でもあると考えています」
箱根駅伝初出場を遂げ、いずれは常連校として名を馳せてほしい
箱根駅伝出場が全員の目標ではあるが、そこに懸ける熱い思いはそれぞれだ。鹿児島県出身で副キャプテンの4年生の吉鶴実は、怪我に見舞われ「練習できない苦しみ」を経験したからか、チーム貢献に対する気持ちが強い。
「僕の出身の鹿児島では、大きな陸上大会がありません。ですが、山川監督がわざわざ鹿児島まで来てくれて、僕をスカウトしてくれました。それなのに、入学前に怪我をしてしまい、数か月も練習できず……。その間も、僕に声をかけてくださったり、指導してくださったり、どれだけ嬉しかったか。今年、全員が本気で本戦を狙っているのが伝わってきます。このチームで初出場を果たし、後輩たちに背中を見せ、追い越していってほしいです」
また、ストイックな2年生の萩原新は、山川監督が何度も足を運んで口説いた選手だ。
「去年は練習のし過ぎで怪我をしてしまい、10月後半から今年の2月まで走れませんでした。今年は『絶対的なエース』となって、みんなを引っ張っていきたい。周囲に良い影響を与えるようになるには、自分が真摯にやってこそだと思うので、そんな存在となりチームを支えたいです」
キャプテンの西澤は、愛嬌のある笑顔を見せユーモア交えてこう語る。
「社会人になって『麗澤大学が箱根駅伝に初出場したとき、俺がキャプテンだったんだ』と言いたい(笑)。今回を機に、箱根駅伝の常連校として名を馳せてほしいですね。その第一歩になれたら嬉しいです」
最後に山川監督に、今年と今後の展望を語ってもらった。
「今年は、チームの状態が非常に良い。練習の質と量、モチベーション、一人ひとりの顔つき、去年とは全然違います。予選会を8位入賞できる手応えはあります。本戦では、みんなで笑ってゴールすることが目標です。その後、どう改良していくかを考え、もっと上を狙い、陸上競技部が麗澤大学の『新しい求心力』になれればと思っています」
そして、親心が垣間見えたこんなことも。
「実は、小さい頃からテレビで見ていた監督車に乗ってみたいんですよ(笑)。あの監督車に乗れる人は日本中で限られていますしね。監督車に乗って、後ろから選手たちの走りをずっと見ながら声をかけられるなんて、監督としてこんなに幸せなことはないですよね」
監督はじめ、コーチ、部員全員が心を一つにして向かう先は箱根駅伝。互いを思い合い、切磋琢磨し合う雰囲気が醸成され、部としての成熟度も高まってきた麗澤大学陸上競技部。これからが正念場だ。
文=佐藤美の