Athlete # 29
ヨガ
Asu
呼吸に意識を向けて”頭の中のおしゃべり”を止める。集中力を鍛えるヨガ
ヨギーナ(ヨガをする人)のAsuは東京の広尾スタジオで、アスリートをはじめ、会社員や女性経営者に「心と脳のトレーニング」としてのヨガを伝えている。Asuの指導しているヨガでは、一つのポーズにつき5回呼吸をする。吸って吐いて、吸って吐いて…。その数秒という短い時間にすら、誰でも頭の中で絶え間ない”おしゃべり”が続くのだが、「それをやめられるようになると、集中力が鍛えられ、日々の決断力が高まります」とAsuは話す。
今ではヨガをとおして、”マインドフルネス”の大切さを伝える側になっているが、かつてのAsuはダイエットのために心身のバランスを崩し、どうにもならない時期があったという。その時、出会ったのがヨガだった。
ハワイの大自然で出会ったヨガ。人生に対する世界観が180度変わる
ヨガに出会う前のAsuは、バレリーナやダンサーにピラティスを教えながら身体を鍛える指導をしていた。身体機能を高め、その結果ダンスのパフォーマンスを高めるレッスンといえるだろう。華やかな印象とは裏腹にストイックな一面を持つAsuは過度なトレーニングを続け、心身をすり減らしてしまった。当時を振り返ってAsuはこう語る。
「身体を極限まで絞ってしまい、ホルモンバランスも崩れ、身体はボロボロ。心にゆとりがなく、いつもイライラしていました。心身ともに疲弊して、すべての歯車が狂い始めていきましたが、その原因を自分ではなく外側のせいにしていました」
当時、Asuの母親が彼女が小学生のころからヨガを続け、ヨガを始めてから穏やかになっていく様を間近でみていたので、ふと「私もヨガを習いたい」と思ったそうだ。しかし、日常を続けながらヨガを習っても「他のことで頭がいっぱいになり、集中できない」と考えたアスは、海外で本格的にヨガを学ぶ決意をする。Asuが選んだのは、独特の信仰と自然と共生する文化を培ってきたハワイ。Asuはハワイに留学し、無農薬の農園で採れた野菜や穀物を食し、実際に畑の肥料づくりや、収穫体験をしながら、気候風土に恵まれた大地の上でヨガを学んだ。
「太陽の光、心地よく吹く潮風、土や草の感触と香り…。大地の恵みを栄養としていただき、ヨガで自分の心と身体を緩め解放していくと、自然、地球と調和しながら生きている自分を強く感じました。ヨガをとおして自分の呼吸と向き合うと、どんどん『頭の中のおしゃべり』がなくなっていき、無の境地になります。その積み重ねで、自分の考え方がプラスに変化していき、それとともに身体機能も高まっていくことが実感できました。フィジカルを鍛えることはもちろん大切ですが、同時に心を整えることがいかに大切かを経験できました」
ハワイの学びを終えたころには、本来の生き生きしたAsuに戻っていた。帰国後、「心と脳のトレーニング」に重点を置くレッスンにシフトチェンジしていった。
ヨガのポーズと呼吸が心身を解放。それが”よい決断”のできる自己へ導く
Asuが重要視しているマインドフルネスを簡単に説明するなら、「今この瞬間にだけ意識を向け、湧いてくる思考、起きる出来事にとらわれずにただ観ること」といえるだろう。呼吸に意識を向けていくと、さまざまな雑念が通り過ぎていくとアスはいう。
「ポーズをしながら呼吸に集中していくのですが、息を吸う時、『あー、こんなこと言っちゃった』とか『次のスケジュールはなんだったっけ?』とか、いっぱい考えが浮かんできます。そこで、『だめだめ、こんなこと考えちゃ。無の境地!』と自分を打ち消す必要もないんですね。そんな時は、息を吐くと同時に『あー、こんなこと考えるのね、私って』と認めていくんです。
丁寧に呼吸を続けていくと、そういう雑念も終いには出尽くします(笑)。すると、本当に呼吸に集中することができますし、1時間のレッスンを終えたころには、心と頭にスペースが空くので、日常に戻った時の決断力が高まっている。そして、マインドフルネスの考え方が身についていくと、起こる出来事に左右されることも減ります。それが、精神力の鍛錬につながるんですね」
加えてAsuのレッスンは、悪いところを指摘して改善することに重点を置いていない。だから、必要なことを伝えはするが、決して押し付けることはしない。そこにはAsuのしなやかで強い信念が存在している。
「さまざまなヨガがありますが、『ヨガは、自分の良いところも悪いところも、すべて受け入れ認めるもの』だと私は捉えています。スポーツ選手の方は競技特有の『身体のクセ』があります。例えば、右利きの方は右の筋肉が特に発達しているとか。その身体のクセは、身体バランスやパフォーマンス向上という観点からすると、改善点かもしれませんが、良い悪いというものでもないですし、すでにご本人の一部になっています。だから、まずクセに気づいて、それを受け入れていただく。そして、ヨガのポーズをしながら、身体をナチュラルな状態に整えていく。そうすると結果的に、自分と調和しながら身体のメンテナンスができるんです」
「運動は自分の運を動かすこと」。一人ひとりの幸せのためにヨガを
「ヨガは『綺麗なポーズでないとダメ』とか、『体が柔らかくないとできない』とか思われがちですが、本当はそんなことないんです。ポーズにはそれぞれ意味があり、ポーズをとると、人によって涙したり嬉しくなったりします。ある方は、前屈しながら自分の腕で背中を抱きしめるポーズをしている時に、亡くなったお祖父さまのことを思い出し、感極まっていらしゃっいました。知らず知らずに抑えていた感情を吐き出したり、今この瞬間の喜びを感じることが、ヨガの醍醐味でもあります。海外の大企業の経営陣や、トップアスリートの方がヨガをされている理由が、こういうところにあると私は考えています」
ヨガに取り組むことで、自分を認め赦す。それが自己成長の邪魔となる”自分が勝手に作った枠”や”不必要なこだわり”を、軽やかに捨てる”きっかけ”になるのかもしれない。Asu自身も、ヨガやピラティスの枠にとらわれず、両方の良いところを融合させてレッスンを提供している。そして、レッスン終了後、必ず伝える言葉がある。それは、「今日も、幸せな1日になりますように!」だ。
「運動という字は、『運』を『動かす』と書きます。私も本当にそうだと実感しています。ヨガで心と身体を整え始めたら、次々と素敵なことが起こり始めました。そのハッピーなことは、すべて人を介して届けられます。心と身体が変わることで、人との出会いも変わっていきます。
呼吸にフォーカスしながら『頭の中のおしゃべり』をとめて、身体を動かす。こういう時間を日常に取り入れることで、きっとその方のハッピーが増えていくと思っていますし、そのお手伝いをしていると思っています。アスリートを含め、出会う方々が幸せになってくださるように。それが私の願いです」
出身である福井県の言葉がたまに混ざりつつ、一生懸命に語るAsu。何かに迷った時、スランプに陥った時、言葉で説得するのではなく、ヨガを一緒にすることで背中を押してくれそうだ。それは、ハワイの心地よい風の如くそっと、そして、しっかりと力強く。
文=佐藤美の