Athlete # 06
女子ビーチバレー
酒井春海(日本女子体育大学)
あと一歩。されど一歩
5月3~5日にかけて東京・お台場海浜公園おだいばビーチで「マイナビジャパンビーチバレーボールツアー2018・第2戦東京大会」が行われた。国内ビーチバレーの最高峰である同ツアーに出場した酒井春海は、本村嘉菜とペアを組み、自己最高位となる5位という結果を残した。
「ツアーに出られたことも、そこで5位になったのも嬉しいといえば嬉しいですが、満足はしていません。準々決勝でもうひとつ勝てていれば最終日まで残れたし、大きなポイントも取れたので悔しいですね」
酒井が話すように、3日間の大会期間中、最終日に残れるのはベスト4に勝ち上がった4チームのみ。ツアー各大会で多少異なるが、東京大会は初日に4チーム、2日目に4チームが脱落し、最終日に準決勝と決勝を行い勝者を決めるというシステムだった。
会場は観光やショッピングに訪れる多くの人で賑わうお台場。しかも、ゴールデンウィーク真っ只中ということもあり、一般の人の耳目を集める度合いは、他の大会と比べてかなり高い。大会最終日まで勝ち進み、表彰式の晴れの舞台に立ちたいのは、選手全員の思いだ。それだけに、その一歩手前で姿を消すことになった酒井の悔しさはひとしおだった。
あと一歩。だけどその一歩、前に進むのがむずかしいのがスポーツの世界。酒井は今、まさにその壁の前にいる。
吹奏楽部に入るつもりが、バレーボール部に
多くのビーチバレー選手がそうであるように、酒井はバレーボールからの転向組だ。バレーボールを始めたのは、中学生のとき。中学校の部活動からバレーボールを始めるのはそう珍しいことではないが、酒井の場合はキッカケがちょっと変わっている。
「その頃の私はスポーツがあまり好きではなくて、中学では最初、吹奏楽部などの文化系の部活動に入ろうと思っていました。でも、違う小学校から入ってきた元気な女の子たちに『人が足りないからバレー部に入ってよ。入るよね』って、有無も言わさない感じで誘われて、断れなくてバレーボール部に入部しました。だから最初はまったくやる気はありませんでした(笑)」
ところが、バレーボールを始めると自分では気がつかなかった意外な才能が開花する。現在も166cmとビーチバレー選手としては身長が低いほうだが、中学1年当時は現在よりも低い163cm。ただ、ジャンプ力はチームでいちばんだった。このジャンプ力がさまざまな関係者の目にとまり、いわゆるセレクションにも呼ばれるほどの選手になったのだ。
高校は神奈川県ではバレーボールの強豪校の一角を担う公立高校に進学。在学中は関東大会に出場するなどエースとして活躍した。
「初心者の頃はレシーブのときに手が痛かったりで好きではありませんでしたが、だんだん痛くなくなってきたり、ボールを地面に落とさないでみんなでつなぐことがおもしろくなって、バレーボールが少しずつ好きになってきました。チームメイトとコミュニケーションをとるうちに連帯感も生まれるので、そういうところにハマってバレーボールがやめられなくなりましたね」
そんな酒井がビーチバレーと出会ったのは、高校3年の夏のこと。1997年から続く「ビーチバレージャパン女子ジュニア選手権大会(通称・マドンナカップ)」に、神奈川県の代表校の選手として選ばれたのだ。マドンナカップには高校の先輩たちも出場しており、2011~2013年までの過去3年で準優勝やベスト4の成績を収めている。酒井は2014年大会に出場して決勝トーナメントに進むが、先輩たちの成績に並ぶことはできなかった。
経験が大きな武器となる。だから選手生命も長い
ビーチバレーは、インドアのバレーボールと同じように見えて実はかなり違うものだという。1チームの人数は、6人制、9人制のインドアに対してビーチバレーは2人。自陣コートの広さは9×9m(6人制)に対して8×8m。
最も違うのは、足元(床)。インドアはフローリングのような木製や弾性剛性材製のコートで行われるが、ビーチバレーは「40cm以上の深さがあるきめの細かい砂地」という規定がある。柔らかい砂地では、足が砂にめり込んで思うようにジャンプができないし、すばやく移動することもできない。しかし驚くべきことに、インドアとビーチバレーではネットの高さは一緒なのだ。
「ジャンプの仕方はまったく違いますね。インドアは走り込んできて床の摩擦を利用して止まり、そのリバウンドを使ってジャンプするので、おもに下半身の力を使います。それに対してビーチバレーは、砂からのリバウンドがないので全身の筋力を使って自分の力で飛ばなくてはならないんです。会場によって砂の質も違いますし、アウトドアでやるビーチバレーは壁がないので距離感がつかみにくい。それに風ですね。風の向きや強さなどを計算して攻めたり守ったりすることが重要なポイントになります。それには経験も重要。だからビーチバレーの選手生命は、ほかの競技に比べて比較的長く、30歳以上のトップランカーもたくさんいるんです」
さらに、ビーチバレーではポジション毎の役割分担もなく、サーブ、ブロック、レシーブ、トス、スパイクとすべての役割を2人で臨機応変にこなさなくてはいけない。
インドアのバレーボールとビーチバレーは同じバレーボールだが、多くの点でまた別のスキルが求められる。長く続けて経験を積み重ねること。すべての競技において”経験”は強みになるが、ビーチバレーではその重要性はより大きなものになるようだ。
ランキング30位が分岐点。ここから上がるか下がるかで、天国と地獄の差がある
酒井が本格的にビーチバレーを始めたのは2016年、現在在学中の日本女子体育大学2年時のこと。
「高校3年の秋に左足首にケガを負ったのを引き金に、足首をかばっているうちに膝や腰も痛めてしまったんです。それが『全日本バレーボール高等学校選手権大会(春校バレー)』の予選期間だったので、休むに休めなくて。それでもうバレーボールは諦めていたんですが、体育系の大学だし、何か本格的にやりたいと思ってビーチバレーに取り組むことにしました」
ビーチバレーのランキングは、各大会で獲得するポイントによって決まる。その大会にもグレードがあり、上から「ジャパンツアー」、「サテライト」、「U-23トーナメント」の主に3つ。ジャパンツアーで優勝すると個人に600ポイントが与えられ、サテライトでは300ポイント、U-23トーナメントは100ポイントを獲得できる。他にも全日本選手権や公認大会などでポイントが獲得できる。
ビーチバレーを始めて3年目の現在、酒井の主戦場はサテライトとU-23トーナメントだ。U-23トーナメントは23歳以下の選手ならエントリーが可能で、試合に出場できるかどうかはペアのポイント数が出場チーム枠に入っているかどうか。もしも枠が18の場合、ペアの合計ポイントが19位だったら足切りとなり、出場することができない。
また、サテライトの場合は年齢制限はなく、U-23と同じくペアの合計ポイントが出場チーム枠内に入っているかどうかが出場の可否を決める。ただ、ペアの合計ポイントが6000を超えてはいけないというルールもある。ジャパンツアーに定着している選手の場合、ポイントの制限がないためプレースタイルや相性などで固定ペアを組むこともできる。しかし、サテライトは個々の持ちポイントによって試合の都度、ペアを組む相手を変えなくてはならないということも少なくない。サテライトを主戦場とする選手は、いくつかの点において上位選手よりも不利な条件のもと、戦わなければならないのだ。
それでも、とにかくポイントを稼がないとトップにはいけない。
「自分の持ちポイントが上がれば上がるほど、サテライトで組む選手が限られてきます。でもポイントがあればあるほど、上のジャパンツアーにも近づくんです。そのためにU-23トーナメントやサテライト、ときには公認大会に出て優勝や表彰台に上ってポイントを稼がなくてはなりません。大会は日本各地で行われている*ので、それに出場するには、エントリー費や旅費がかかり、金銭的にも体力的にも負担がかかります。特に私たち学生は授業や就職活動もあり、正直、競技を続けるのはなかなか厳しい状況です……」
*2018年JVB(日本ビーチバレーボール連盟)国内ツアースケジュール
普段の練習でもコートを借りるのにお金がかかる場合もある。ただしランキング30位以内の選手は無料という特典がある。同じくジャパンツアー出場の目安も30位前後。上位選手がエントリーすればはじき出されてしまい、エントリーがなければ滑り込みセーフ。20番台前半にいないと、ジャパンツアーに定着できない。
4月28日現在、酒井のランキングはそのボーダーラインのちょうど30位。ここから上がるか下がるかで、天国と地獄の差があるのだ。
オリンピックは夢であり、現実的な目標に
高校までのインドアのバレーボールで、ジャンプ力を武器に活躍してきた酒井。ビーチバレーではその最大の武器を封じられてしまうはずだが、それでもランキングを上げてきているのには何か理由があるのだろうか。
「もちろん一生懸命ジャンプはします。ブロックも飛びますから(笑)。インドアのバレーボールでは相手コートにスパイクを突き刺すように打ち込みますが、ビーチバレーでは相手のいない場所に落とす感じなんです。だからネット上に手が出れば、あとは相手の位置を見たり風を考慮するなどの状況判断次第。その点は徐々に経験値がついてきました。状況判断はディフェンスにも必要です。相手が『決まった』と思っても、先回りしてレシーブできますから。背が高くない私は、そんな状況判断ができる選手になりたいですね。攻撃にしても守備にしても、相手が嫌がる選手になる。あ、性格は良いほうだと思いますけど(笑)」
ビーチバレーは、ブラジルやアメリカなどでは日本と比べものにならないほど人気が高く、リオデジャネイロ・オリンピックでは最初にチケットが売り切れたほどだという。日本は周囲をぐるりと海に囲まれているにもかかわらず、海やビーチで行うスポーツは観戦するスポーツとしての人気はそれほど高くないのが現状だ。
そんなビーチバレーの認知度、人気を一気に高めるチャンスが2020年の東京オリンピックだ。会場もすでにお台場の潮風公園と決定しており、東京のど真ん中で行われる。
「東京も目指しますが、ちょっと時間が足りないかもしれません。でも私はまだ22歳ですから、東京の次のパリ・オリンピックでも29歳。ビーチバレーではまだまだ現役でいられる年齢ですし、それまでにどんどん経験値を積み重ねたいと思っています。もし東京に出られなくても、世界のトッププレーヤーをこの目で見るだけでも経験値がグッと上がるはずですから」
多くの選手にとって憧れの舞台であるオリンピックは、ごく限られた選手に与えられる特権だ。現在、ランキング30位の酒井は、その夢の切符を手に入れられる可能性を持っている。
だからあきらめずに、競技を続けたい。
屈託のない笑顔を見せる、一見、ごく普通の女子大学生の心の底には、ビーチバレーに懸ける揺るぎない意思がある。目指すは2024年のパリ。チャンスは十分にある。だからあきらめるわけにはいかない。
文=眞木 健/写真=©JBV