Athlete # 24
総合格闘技
ジェイク・ムラタ
組み敷かれ身動き取れない敵が「かかってこいよ!」と叫ぶ。敵をイライラさせるのが得意
リングの中央、対戦相手の背中をべったりと床に押さえつけ、寝技を決め続ける総合格闘家のジェイク・ムラタ。試合はあと残り数十秒に迫る中、相手選手がイライラしながら「かかってこいよ!」と怒声をあげるが、その身体はピクリとも動かない。それもそのはず、ムラタががっちりと抑え込んでいるのだ。そして試合終了、ムラタの勝利が決まったその瞬間、彼のアドレナリンが最高潮に達っした。
ねちねちした戦略を積み重ねて対戦相手を心理的に参らせる、「サイコパス」とも異名のつくムラタの真骨頂の闘い方だ。
試合開始2秒のクリーンヒットより、痛ぶってラスト2秒で勝つのが好き
格闘技の試合では、一発の打撃でノックアウトを決める速攻型の戦略もあれば、しぶとい闘い方を繰り広げ、試合時間を最大限使う戦略もあるが、ムラタは速攻型はつまらないという。その理由をニヤリとしながら語る。
「試合が始まってすぐにパンチが決まるような勝ち方って、自分の実力を出し切れないから面白くない。ちょっとラッキーパンチぽくって、自分は物足りないですね。それよりも、寝技に持って行って、痛ぶって焦らして相手の闘志が萎えるような試合運びをして、ラスト2秒前で相手からギブアップを取りたい。その方が楽しいですよね」
自分の体力が消耗する前にさっさと技を決めて勝った方が、身体のダメージがないのは明らかだし、圧勝ではないのか。それを問いかけるとムラタは真顔で言葉を続けた。
「自分の試合はどちらかというと玄人好み。素人さんには分かりにくいかも、ですね。まぁ、もちろん速攻で勝てば身体のダメージは少ないですが、自分の場合、相手に『嫌な気持ちになって帰っていただくこと』が最重要項目なんですよ。相手に『今日はすっきりしない負け方をしちゃったよ』ともやっとした状態になってもらいたい。ラッキーパンチだとそうはならないんで」
総合格闘技(MMA)団体「Fighting NEXUS」が主催する2018年バンタム級トーナメント戦で、準決勝まで勝ち進んだムラタは、同年12月16日(土)東京で行われる準決勝・決勝戦に王座を賭けて臨む。準決勝の対戦相手は、同じく寝技に定評のある「FREEDOM@OZ」所属の風間光太郎だ。
「相手が何が得意で、何が苦手とか、余計なことはあんまり考えないですね。試合に集中して、自分の技をより深く精度よく決めていくだけ」とムラタ。実は、奇しくも試合の翌日が誕生日という巡り合わせに、ゲン担ぎもしているそうだ。「この決勝トーナメントで、自分の誕生日プレゼントとして、王座をいただけるだろうと(笑)。もちろん、頑張りますよ」
芽が出なかった長い下積み時代。勝つことが自分の存在意義の証
中学校は柔道の強豪校で柔道部に所属していたが、1年生の時に膝の怪我をしてやむなく退部。他にやることもなく、充実感を得られない生活を紛らわそうとMMAのゲームをしていたという。高校3年生の時に、「ゲームじゃなくて実際にMMAをやってみたい」と思い、近所のブラジリアン柔術とMMAを指導するジムに通うことに。ところが、指導者に「運動神経が悪いからMMAには向かない」と言われてしまう。
「確かに、中学生くらいまで体育の成績は「2」に近い「3」だったんで、『そりゃそうだ』と思いましたよ。でも、諦めきれなくて、大学進学で東京に出てきたと同時にMMAを始めました。2年間アマチュアでやって、最後に大きい大会に出させてもらって。そこでプロのオファーをもらいました」
プロのオフォーは嬉しかったが、実はプロになったら「MMAから足を洗おう」とムラタは考えていたのだ。「自分が上(チャンピオン)になれるイメージがなかったんで。だからプロになったらそれを区切りにやめようと…」。デビュー戦が引退試合のつもりだったのかもしれないが、大学4年生2月のプロ初戦で負けてしまい、悔しさだけが大きく心に残った。やめるはずが、悔しさをバネに練習に励み、2戦目は格上の選手に勝つことができた。この試合をきっかけに、「真剣に格闘技をやりたい」と思うようになったそうだ。
社会人になって、仕事とMMAの掛け持ちはキツイことも多い。また、試合では結果が不安定で、なかなか順位が上がっていかない。上には追いつかず、下から上がってくるものに抜かれていく。「仕事とMMAの両立はもうキツイ。いつやめようか。勝てないから自分には向いてない」と悩み始めると不思議なことに、練習が十分できる環境が整ったり、チャンスが転がり込んで来たりと、ムラタを取り巻く状況がMMAをやめる方向に行かないのだ。
「こういうことが何度も起こると『なんで自分はMMAをやめられないんだ??』と考えますよ。次第に、『これはMMAを続けろってことなんだ』と思うようになりました。すると、『今やめたら何にも残らない』という想いも強く持つように…。勝たなくちゃ自分のやってきたことが無になってしまうし、今までの自分を肯定したいから勝ちたい。それと、『もうちょっと頑張ったら、上の世界が見える気がする』という想いも強くなって」
「これが最後かもしれない」という恐怖。自分に満足するために一瞬一瞬を全力で生きる
複雑な胸の内を語るムラタだが、この1年間で急速に実力をつけ勢いに乗ってきている。その成果の果てに今回の決勝トーナメント戦があり、MMAとともに歩んだ自分の歴史の中で「一つの区切りにしたい」と願っている。
「ベルトを獲る過程の中で、自分が納得し、自分を肯定できる取り組みで万全の準備をして、自分を肯定できる勝ち方をしたい。”負け”は今までの自分を否定されることと同じなんですよ。だから、なんとしてでも勝ちたいし、強いものから逃げたくない。全力で挑んで勝てるんだったら、仮に世界中の人に『お前の勝ちを認めない』と否定されても全然構わないですね」
MMAを続ける時間の中で、「もうやめよう」という自分の弱さと戦ってきたからなのか、練習でも試合でも同じくらいMMAにかける時間を大事にしている。それも矛盾しているようだが、「MMAをやめる日がいつくるのか分からない」という恐怖を抱きながら。
「格闘技選手として寿命があるのは当然で、それが自分にいつ来るのかがまだ見えません。それに、試合では何が起きるのか分からないですしね。だから、毎日が全力だし、一瞬一瞬を大事に、一日一日を大事に生きたい。自分の生き方に満足できるように。今はそれだけですかね」
どちらかというと、淡々と表情を変えずに語るムラタだが、常に自分と対峙しているかのようだった。リングで彼の不屈の笑みが観れるだろうか。
文=佐藤美の