Athlete # 25
総合格闘技
風間光太郎
自称「取り柄がない選手」。しつこさを武器にトーナメント準決勝に挑む
「自分は取り柄もないし、強みもない」と話す総合格闘家の風間光太郎。では何故、総合格闘技(MMA)団体「Fighting NEXUS」が主催するバンタム級トーナメント戦に準決勝まで勝ち進んだのか、と問えば言葉に窮し、「自分はただしつこくて諦めないだけ」とボソッと返事が来る。格闘家の”ビッグマウス”のイメージは全くないが、狂気とも呼べそうな闘志を内に秘めていそうに感じる。
「風評では、準決勝で自分が負けて、対戦相手のジェイク・ムラタ選手が勝つと。それは覆したいですよね」と感情を表さずに語るが、どこか怒りを帯びた声だ。そんな風間の戦歴を紐解けば、「負けて勝って、また負けて」の繰り返しのようだが、この1年間で急成長し勝利を収めている。
結果が出るまで諦められない。栄光を掴むまでやり抜く
風間曰く「痩せていて身体も小さくて、それがコンプレックスだった。だから強くなってそれを克服したかった」という理由で、20代前半から格闘技を始める。当時は「PRIDE」がブームを巻き起こしていた時期で、その影響を多分に受けている。空手、柔術、寝技、キックボクシング、とMMAで必要な格闘技を習い、キックボクシングではアマチュア試合に出場したが、勝てなかった。
そして、格闘技を初めて6年の歳月を経た2011年、念願叶ってMMAに移行したが、MMAでもなかなか勝てず苦戦を強いられる。「勝てないわけではないですが持続せず、どんどん負け越していく。それの繰り返しが何年も続きました。すると負け癖がつくというか…。どうやっても抜け出せず、『このまま続けても意味があるのか?』と悩んだ時期もありました」
そんな中、「Fighting NEXUS」の代表である山田峻平氏から「ネクサスで試合をしてみませんか?」と声がかかったのだ。「結果が思うように出せない時期だったので、山田さんからのオファーはありがたかったですね。今自分があるのも、山田さんのおかげ」と風間は語る。しかし、「Fighting NEXUS」でも結果が出せないことが続いた。ところが、勝敗も重要視するが、選手一人ひとりの生き方や内に秘めたストーリーを大事にする山田氏は、風間の真剣さを評価し、さまざまなチャンスを与えていったようだ。
「折に触れ気にかけていただくので、『結果を出せる自分になろう』と。それに、『このままでやめたら、試合だけでなく全てに負ける』と考えると、『やり切らないでやめるなんて嫌だ!』という想いがふつふつと湧いてくるんですよ」
肉体改造に伴いメンタルも強化。折れない心を手に入れ勝ち進む
風間は自分を変えようと新しい練習メニューを取り入れた。スタミナ強化のトレーニングと、フィジカルトレーニングを加え、根本的な肉体改造を始めたのだ。練習でも諦めたら記録が出ないトレーニングを組み、追い込んで練習をするが、もちろん自己流ではない。3年前から取り掛かり、この1年はさらに集中して取り組んでいるそうで、その効果は思わぬところにも表れたようだ。
「今回のトーナメントを勝ち抜いてこれたのも、このトレーニングの影響が大きいですね。当然のごとく、スタミナとフィジカルが強くなったので、最後まで闘い抜く身体を造ることができましたが、それだけじゃない。厳しい練習のおかげで、メンタルが強くなりましたね。以前だったら心が折れていたような状況でも、モチベーションを下げずに闘志を持ち続けることができるようになった」
実は、今回のトーナメント戦では、圧勝して準決勝まで進んだわけではない。トーナメント1戦目の1ラウンドでは不利な状況で終わってしまった。以前だったら逆転ができずそのまま負けになるところ、2ラウンド目で勝負をかけ見事勝利を掴む。また、2戦目では、1戦目と同じく1ラウンドは不利、2ラウンドではドロー、持ち越された3ラウンドで勝つことができた。
「MMAは相手と闘っているようで、実は自分自身との戦い。気持ちが負けたら試合はそこで終わりで、どうあがいても勝てない、それが怖いところ。そこが格闘技の中でも特殊なんだと思いますね。もちろん、フィジカル、技術においても強くなくては勝てないのは当然ですが」
トーナメント戦をステップに、海外で活躍するチャンスを狙う
準決勝まで駒を進め風間ももちろん他の3名の選手同様、王座を狙っているが、風間はその先を見据えている。実は、「Fighting NEXUS」の王者は同団体とパートナー関係にある韓国MMA団体「TFC」出場することができるのだ。風間はTFC出場のための布石として、今回のトーナメントを位置づけている。
「Fighting NEXUS」は「TFC」と提携し、2016年からお互いの選手をお互いの国に刺客として送り込んでいるのだが、「今まで10数名韓国戦に送り込んでいるのに、勝った日本人選手は2名のみ(山田氏談)」という現状なのだ。徴兵制度に関して是非を問う気はないが、韓国人選手のメンタルの強さは、「生きるか死ぬかの世界」で命のやり取りをする必要のある徴兵制度が要因の一つになっているのであろう。それに加え、日本人よりも韓国人の方が一般的にハングリー精神が強いとも言われている。韓国はスポーツ界において、日本よりも歴史が浅い競技であっても、近年、圧倒的に日本を追い越し世界で活躍する選手を育てている。その現状はMMAにおいても同じのようだ。
「実は、2016年のTFCでお世話になった先輩のセコンドとして、大会を自分の目で見ているんです。韓国人選手の強さ迫力、技の威力、大会の華やかさを間近で観て、『自分も強い海外選手と闘って勝ちたい。海外で活躍したい!』と思うようになって。
今回のトーナメントは、自分にとって二つの大きな意味があります。まず、今まで山田さんからたくさんご厚意をいただいてきた恩返しとして勝ちたい。そして、もう一つ上のレベルで、さらに強い選手と闘っていくために勝ちたい。ここで負けたら海外戦最初のチャンスであるTFCに参戦できないですし、仮に参戦しても勝てるわけがない。だから勝つ」。今回の王者決定戦は、風間にとって新たなステージに立つチャンス。今の風間は、勝てなくて苦しんでいた以前の風間とは別人のようだ。なぜなら、すでに描く未来像を持っているのだから。
”取り柄がない”と自己評価を下す風間だが、そんなことはまったくない。”不屈の精神”という多くの人が手にすることのできない強さを持っている。それは、彼が苦しさの中から勝ち得た大きな収穫であり、闘いの神様から贈られた「最大のギフト」かもしれないとさえ思える。そのギフトを携えどこまで勝ち進むのか、行く末を見ていこう。
文=佐藤美の