Athlete # 09
モトクロスプロライダー
川口 尚希
2018年シーズンから念願のプロライダーに
舗装されていないオフロードに急カーブや斜面、丘陵地が設けられ、丘陵地では重たいバイクが軽々と宙を舞う。迫力満点のモトクロスは、変化に富むコースを一定時間内にどれだけ長く走れるかを競うオートバイ競技だ。その魅力は、スピード感、ライディングテクニック、そして選手同士の駆け引きと枚挙にいとまがなく、今では熱狂的なファンが根付いている。
現在、麗澤大学外国語学部に在籍するモトクロスプロライダーの川口尚希は、2017年国際B級(IB)の全日本選手権で総合10位を獲得した後、プロライセンスである国際A級(IA)に昇格。2018年シーズンから念願のプロライダーとなった。モトクロスでは、IAに昇格すると賞金額も変わり、IA全日本選手権で10位以内に食い込めば、オートバイメーカーと契約の可能性も高まる。実力次第では国際レースにも出場可能だ。
怪我の絶えないモトクロス。満身創痍のラストチャンスでプロライセンスをつかむ
川口は、幼い頃から父親のモトクロス姿に惹かれていた。バイクに乗る父親の前に座り、日常では得られない疾走感を味わっていたという。自分専用のバイクでモトクロスを練習し始めたのは4歳のとき。公道を走ることが禁止されている専用バイク「モトクロッサー」に乗るモトクロスには子ども専用のバイクもあり、保護者の管理下という条件の下で子どもでも練習できる。モトクロスに魅了された少年は、どんどんのめり込んでいった。しかし、危険と隣り合わせでもある競技であるがゆえに「怪我」には悩まされ続けている。
「子どもの頃から怪我ばかりで、毎年一度はどこかしら骨折していました。骨折の回数は十数回にも上り、正確な数を忘れるほど(苦笑)。実は、昨年のIBの全日本選手権でも左足を骨折していまして……。医師に相談し、通常よりも長いボルトを足首に入れる手術をしてもらい、痛み止めを服用して出場しました。さらに悪いことに参加中に肩の脱臼も起こり、痛みとの戦いでもありました」
IBの全日本選手権は第9戦まであり、各1戦が2つのヒート(レースのこと)で構成されていて、出場する選手は年間を通して全戦に参加しなければならない。そこで総合10位までにランクインした選手がIAに昇格する。そのため、怪我のために途中棄権すれば、プロライセンスは先延ばしになってしまう。
「IBの全日本選手権には何年もトライしていましたが、結果は出ず。周囲が就活に励む中、考えた末に『これでダメだったらモトクロスをやめよう』と決めていました。ですので、骨折しようが脱臼しようが、とにかく『必ずやり遂げる』という気持ちでした」
その決意は誰にも明かさなかったそうだが、背水の陣の覚悟は結果にも表れ、出身地・青森に隣接する馴染み深い岩手で開催された第5戦の第2ヒートでは見事初優勝を飾った。
一瞬でも気が抜けない。だからこそ「生きている」実感が湧く
「レースが始まると、心拍数が1分間に200まで跳ね上がる」という川口。IAの1ヒートは30分とプラス1周走行するが、ゴールするとすぐには立ち上がれないほどの疲労感と脱水症状に襲われるそうだ。ヘルメットの鼻と口の部分には粉塵を避けるためのフィルターが付いていて、それが皮肉にも必要な酸素量を身体に十分に行き渡らせない要因にもなっている。次のヒートまでのインターバルは約3時間。それまでに体力と身体機能を回復させなければならない。「過酷」としか言いようがない競技だが、何が川口を突き動かしているのか。
「モトクロスが好きだからですね。特に、ジャンプが上手くいくと爽快です。大きいジャンプだと、前方に20〜30メートル、高さは10 メートルくらい。ただ、爽快ではありますが、危険でもあります。一瞬でも気を抜いたらどうなるかわからないのがモトクロスの世界。レースをしているときには『自分は生きている』ということを強く感じます。そこも魅力でしょうか」
今ではIBからIAに昇格し、さまざまなところで「違い」を感じているようだが、最も苦労しているのが「レース時間」。IBは20分プラス1周走行でゴールするのだが、IAは30分プラス1周走行でゴールとなる。この10分の差がキツい。
「20分レースだと、終わった後に余裕があるのですが、30分レースの最後の10分間は、呼吸ができず本当に苦しい。心臓と頭が痛く、身体中がドクドクしているのがわかります。そのため、最近の練習ではわざと身体に負荷をかけるようなメニューを取り入れて、その環境に慣れるようにしています」
そんな川口は、再来年にアメリカで挑戦できるように計画を立てている。というのも、高校2年生のときからほぼ毎年、シーズンオフ期間にアメリカに渡り、トレーニングを続けているのだ。モトクロスの発祥はイギリスだが、アメリカでは絶大な人気がある。国際的に有名なスター選手がたくさんいるアメリカは、川口の憧れの地でもある。
「現地の合宿では、朝から晩までライディングと筋力・体力作りのためのトレーニングが組まれていて、まさに練習漬け。体力的にも精神的にもハードですが、スピードやジャンプ、すべてにおいて日本よりレベルが高いアメリカの選手と一緒に練習できるのはとても有益です。例えば、目がスピードに慣れて動体視力が向上します。これは成長する上で欠かせない要素。そして、何より集中してライディングできるため、短期間で技術を磨くことができます」
今年も渡米する予定だが、渡航費、受講費、バイク修繕費、諸経費などはすべて自費。高みを望む選手にとって、レベルアップには費用がかかるのだ。プロになったからといってすぐに収入が得られる訳でもない。モトクロスで生きていく厳しさを痛感した。
「応援してくれる人たちへ恩返し」。それがモトクロスを続ける理由
川口がモトクロスに魅了されているのは、伝わる。しかし、ただ好きなだけでは、やはりあまりにも過酷すぎる気がする。改めて続ける理由を聞いてみると、自分の気持ちや考えを探るようにしばらく沈黙してから、口を開いた。
「家族もそうですが、応援してくれる人たちがいるからです。オートレースは、自分ひとりの力だけではできません。周囲に支えられてこそ、挑戦できる競技です。僕自身が頑張って成績を残していくことは僕の意志でもありますが、同時に、応援してくれる人たちへの恩返しだとも思っています。その想いがなければ、もしかすると諦めていたかもしれない。それと、ライバルの存在も大きいですね。僕は負けず嫌いな性格なので、レースに出ると『負けたくない!』と闘志に燃えます」
週4日の練習、定期的に全国で開催されるIA全日本選手権への参加、ほとんどがモトクロス漬けの生活だが、オフの日はモトクロスのことを考えず、友人との会話でも一切話題にしないとか。
「モトクロスのことを考えたり話したりすると、真剣になりすぎて疲れてしまうんです。オフがオフじゃなくなる(苦笑)」
ルーキー川口尚希のプロとしての歴史は始まったばかり。海を渡り大きく羽ばたいてほしい。
文=佐藤美の