Athlete # 23
総合格闘技
渡部 修斗
運命の巡り合わせか⁈トーナメント準決勝戦は屈辱のドロー相手
総合格闘家の渡部修斗は寝技に自信を持っている。キッズレスリングクラブに通いながら中学生では柔道、高校生ではレスリングに明け暮れていたことを考えれば頷ける。寝技の得意な渡部が過去、唯一寝技を封印して闘った試合があるのだが、結果は判定で「引き分け」となってしまった。「判定に対する批判ではない」と前置きして、当時の心境を語る。「2対1の判定負けなら、悔しくても『今回はダメだった』と受け入れられられたんでしょうけど、まさかのドロー。さまざまな考えが頭を駆け巡り、受け入れることが難しかったですね」
月日はめぐり、総合格闘技(MMA)団体「Fighting NEXUS」のバンタム級トーナメント戦に参戦が決まり、2018年12月16日の準決勝までコマを進めた渡部の準決勝対戦相手は、なんと過去のドロー相手である「ALIVE」所属の竹本啓哉。「あの時のドローは、今回のトーナメント戦につながっていたんだ、と運命を感じましたね」と渡部は言う。
「SHOOTO(修斗)」初代チャンピオンの父を持つサラブレット。父と同じ道へ
「修斗」の漢字を見れば、MMAファンならすぐにMMA団体「SHOOTO(修斗)」を思い出すだろうか。実は渡部の父は、「SHOOTO」ウエルター級初代チャンピオンの渡部優一であり、熱い想いを込めて息子に「修斗」の名を付けたのだ。総合格闘家の父のもとに生まれた渡部は、幼い頃から格闘技を習うことになる。高校時代はレスリングの関東大会で優勝、「JOC全日本ジュニアレスリング選手権大会」で3位を獲得するまでに頭角を現していた。当然のこと、大学からもレスリング推薦の話が来ていたが、本人はレスリングを続ける気がなく、「このまま続けていいのだろうか?」と疑問を抱くように。そんな渡部は、大学4年生の時に初めてMMAの試合を観戦して、「自分もあの場に立って闘いたい!」と抑えることができないほどの情熱に出会ってしまったのだ。
「母は『修斗がやりたいと言ったのよ』と言うんですが、自分はレスリングをやりたいなんて思ったことなくて(苦笑)。レスリングと柔道をやり続けたのは、『好きだから』とかでなく、やるのが当然という環境だったからですかね。父はオリンピック種目のレスリングか柔道の選手になって欲しいと思っていたようで。でも、自分はそこに情熱を持てずどこか苦しかった。光を失った時、大晦日のMMAの試合を観て『格闘技をやる!もうやりたいことを我慢するもんか!』って。こんな気持ちは初めてでしたね」
正月の帰省の際に、両親にMMA選手の道に進むことを打ち明けると懸念されてしまう。特に父親は自ら歩んだ道で苦労した経験があるからだろうか、息子を心配する様子だった。「初めて自分の意思で決めたことだったので『止めたって無駄だから』と言いました。母は『修斗がそんなに言うんなら』という感じで許してくれましたが、父はその場では首を縦には振らなかったですね」
しかし、下宿先に戻る日、父親から「これを道場の費用に使いなさい」と現金の入った封筒を渡される。親として、そして同じ格闘家として手渡された”エール”をしっかりと握りしめ、渡部は格闘家の道を歩み始めることになる。
過度な周囲の期待、得意技の封印と挫折。全ての経験を自己成長の力に変える
意気揚々と格闘技の世界に飛び込んだのだが、思いもよらぬことが起きる。自分の努力や実力とは関係ないところの、「チャンピオンの息子」という自分に貼られた”ラベル”による周囲の過度な期待や奇異の目…。「いろいろありましたね」と言葉少なに話すが、もしかすると父親と比較された経験は、彼の「強くなりたい」という強い想いの一要因でもあるかもしれない。
渡部は順調に結果を残していき、MMA団体「ZST(ゼスト)」のバンタム級タイトルマッチまで進んだがベルトを獲り損ねる。もう一度挑む選択肢もあったのだが、「所属する選手とは一通り対戦していたので、モチベーションも上がらず、新しいところで自分の力を試してもみたかった」という理由で、2016年から現在の「Fighting NEXUS」で試合に出場することに。得意の寝技を活かし見応えある試合を披露する渡部だが、「自分を変えよう」と寝技を封印して今までと異なる戦術にトライしていた時期がある。その時に、同じ寝技が得意で「全日本関節技道選手権階級別」で優勝経験のある竹本と闘ったのだ。
「あの時の試合は、新しいことを試している時期で、試合特有の緊張感もモチベーションも上がらなくて。本当の自分を押し殺して闘ってしまい、試合直後は『何でこんなに出し切れなかったんだ』と自分が情けなくて…。それと、お互いが得意な寝技で勝負しなかった自分が嫌だった。終わった直後は後悔しかなかったですね」と悔しさを滲ませながら語るが、さらに言葉を続けた。
「それがあっての今回の準決勝戦。相手が決まった瞬間、『あの時の決着をつける刻だ』と思いましたね。それにあの経験のおかげで戦術の幅が広がりましたよ」と、自信のある表情を見せた。
5団体から推薦された選手が集結するトーナメント戦で最強を狙う
今回のトーナメント戦は、5つのMMA団体から推薦を受けた選手がエントリーして、王者を争う形になっている。つまり、猛者たちが集結した大会といえる。上昇志向の高い渡部にとってはモチベーションの一つでもあるのだ。
「やるからには、『レベルの低いチャンピオン』なんて言われたくないですからね。だから、5団体の選手が参戦する今回のトーナメント戦は、自分にとって素晴らしいチャンスですし、最高に面白い大会です。参加する選手として、この大会を盛り上げていきたい。『Fighting NEXUS』に所属した当初から代表の山田(峻平)さんに『トーナメント戦やってくださいよ。自分がエースになって盛り上げます!』と言っていたんですが、それを実現していただいて嬉しいですね。山田さんには感謝しかありません」
最後に、渡部にとってのMMAの醍醐味を聞いてみた。「自分も含めですが、選手一人ひとりが試合に向けて、自分を賭けて準備をしてきています。そして大会運営の方々も会場を沸かせる大会にしようと日頃から準備をしてくれています。MMAの試合に関わる全ての人たちが、『お客さんに元気を渡したい』と思っていますし、それが渡せると信じているから力の限り挑んでいます。試合を観に来てくれれば、MMAが面白いということを感じてもらえる自信があります」
「それと、辛い時でも自分のそばにいてくれる人たちのために勝つこと。『こいつを応援していてよかった!』と思ってもらえるような勝ちをすること。そういう人たちに、勇気、元気、やる気…なんでもいいんです、いい影響を与えることができたら嬉しい。MMAは、『自分が生きてる』という自分の存在を証明できる唯一の場所」。ひとまわり成長した渡部の勇姿を観戦するのが楽しみだ。
文=佐藤美の