Athlete # 22
総合格闘技
竹本啓哉
”幸せな格闘技”のエバンジェリスト。笑みの絶えない MMA選手
名古屋の総合格闘技(MMA)道場「ALIVE」は、格闘技の世界で多くの世界チャンピオンを輩出している老舗道場である。「ALIVE」に所属しているMMA選手の竹本啓哉は、こよなく格闘技を愛している。多くの格闘家が持つ、「ストイック、野性的な闘争心、隠せない鋭い眼光」とは一見無縁の、愛嬌のある笑顔と細やかな気配りで周囲の人に接する。
現在、プロのMMA選手として試合に出場するかたわら、「ALIVE」でブラジリアン柔術、MMA、女子キックボクササイズのクラスを持ち、学生、経営者、ベテラン選手、引退後の熟練者、女性などに指導し、格闘技三昧の生活を送っている。そんな自分の状況を名古屋弁交えて「まぁ幸せ(もうすごい幸せ)」とニコニコしながら話す。心底、幸せなことが伝わってくる。
MMAからブラジリアン柔術の道へ。好きなことに情熱をかける楽しい人生に様変わり
体育の成績が5段階中で「2」の中学生だった竹本は、授業以外でスポーツをするなど考えられなかったそうだ。ところがたまたま、当時大晦日恒例の「PRIDE」でボブサップ選手とアントニオ・ボドリゴノゲイラ選手が対戦しているのをテレビで観たのだ。大柄なボブサップ選手を小柄なアントニオ選手がブラジリアン柔術で押さえ込み、見事勝利する光景を目の当たりにする。運動が苦手な自分にコンプレックスのあった竹本は、MMAの「身体の小さい選手でも勝てる仕組み」に衝撃を受け、「自分もこれをやる!」と決意したのだが、そこで勘違いをしたそうだ。
「MMAの試合なのに、ブラジリアン柔術の試合だと勘違いして(笑)。確かに、アントニオ選手は柔術でボブサップ選手に勝ったし、そこに惹かれたんですが、競技自体はMMA。自分の勘違いに気づくのに時間がかかりました」とハハハ、と笑う。
高校ではブラジリアン柔術の部活がなかったので柔道部に入部し、大学進学と同時に名門「ALIVE」に入門して本格的にブラジリアン柔術とMMAを始める。そして翌年、MMAデビューすると、いきなり5連敗してしまう。その理由が、”ブラジリアン柔術LOVE”の竹本らしいと言えようか。
「MMAはさまざまな格闘技を駆使して戦術を組みますが、僕の場合、ブラジリアン柔術に特化してしまい、MMAにマッチしない戦術をしていたんですよ。5回負けるまで気づかなくて…。でもその後、戦術を変えたので結果が出始めて、アマチュアは22歳までやっていました」
22歳でプロの大会から声がかかり喜んだのも束の間、初戦で膝の靭帯を切ってしまい、1年間休養を余儀なくされる。練習ができないその期間、試合の映像を観てモチベーションを保ちながら、ウエイトトレーニングに励んだ。鬱々とした日々を送っていたのだろうと想像するのだが、「それでも、格闘技に携わっていられますからね」と話す。何が起きても前向きに進めるのは、格闘技に出会って世界が一変したからなのだろう。
得意技はもちろん柔術戦!「参った!」が取れるのと「必要以上に殴らない」から好き
オリジナルのブラジリアン柔術Tシャツを作り、毎日のように着まわしているくらい柔術が好きな竹本の得意技は、もちろん組み技。MMA団体「Fighting NEXUS」主催のバンタム級トーナメント戦の準決勝(2018年12月16日(日)東京開催)まで勝ち進んだ竹本は、今回の準決勝について「素敵なトーナメント」という。なぜなら、準決勝で闘う竹本を含めた4選手の全てが組み技が得意という構図だからだ。
「準決勝、決勝ではお互い組み技で勝負をかけてくるでしょうから、楽しみでしょうがないですよ。お互いの好きな戦術でがっつり試合ができるんですから。僕は瞬発力がモノを言うKOや1本を取るより、技と仕組みを組み合わせた柔術戦で相手を降参させて勝つ方が好きです。
そうは言っても、お互いが同じ得意分野で勝負するということは、負けた時には今までの自分を否定されてしまった感じがするので、そこが怖いところでしょうか。ただ、僕は、過去に同じ相手に2回負けた経験もあるので、どんな試合でも達観して捉えることができますが。
それと、柔術だと必要以上に相手を殴らないで済むし、負ける方もそんなに痛くないんですよ」
トーナメント戦の王者を狙っているのはもちろんだが、組み技で存分に闘えることを心から楽しそうに語る竹本にとって、格闘技の中でも殊の外好きな柔術の魅力とはなんだろうか。
「柔術は幼少の頃に始めなくても、スキルを積み重ねていけば勝てるチャンスがあります。キャリアの最初に『自分には向いてないかも』と思ってやめてしまう人もいるんですが、そんなことはないんですよ。諦めず練習を積み重ねていけば、上のランクの『帯』を取得できるから、そういう視点で考えると努力が報われるスポーツなんですよ」
一生、総合格闘技で生きていくために、選手としてのステップアップを目指す
格闘家にはさまざまなタイプがいて、3年でチャンピオンベルト取得を目的にする選手もいれば、アスリートとして燃焼した後は全く別のことをする選手もいる。「竹本はライフワークとして柔術を捉えていて、一生携わりたいと願うタイプの格闘家ですよ。日常生活を見ていれば彼に確かめなくてもすぐに分かります」と「ALIVE」会長鈴木陽一氏は話す。親代わりのような鈴木氏の言葉を受けて竹本は次のように語る。
「会長とは長いお付き合いなので、直接言わなくても理解してもらえるんですね、とても嬉しいです。僕は大学を出ても就職せず、スポーツジムでインストラクターのバイトなどをしながら 道場で練習をしていました。格闘技の技術収集が好きで(笑)、インプットするとすぐにアウトプットしたくなるんで、後輩によく説明していました。会長は、僕の態度を長い目で見てくださり、一つずつ道場の仕事を渡してくれたんだと思います。今では、格闘技指導の仕事以外していないので、本当に恵まれています。
僕にとって柔術もそうですしMMAは一生携わっていきたいものなんです。できるだけ多くの人に、MMAの楽しさを伝えたいし、僕の得意なことだから、これを一生の職業にしていくつもりです。指導者として質を高めるためには、MMAファイターとして引退した時に、できるだけ高い位置にいること、トップ選手になることは重要だと考えています。今回の「Fighting NEXUS」トーナメント戦でベルトを獲ることは、一つの節目です。これをステップに、海外のプロモーターに目を付けてもらえるチャンスになればと考えています」
今後の展望を語る時、終始笑顔の竹本が真剣な眼差しになった。彼の内側から湧き上がる情熱に触れ、格闘技に対する慈しみの気持ちが伝わってくるようだった。それから、目を細めて笑顔で言葉を続けた。「格闘技は理屈抜きに楽しい!『自分が勝つんだ!』とみんなが頑張ってるし、それを多くの人に観て欲しいんです。そして格闘技の楽しさをもっと分かってもらいたいから、一生、格闘技を伝えていきたい」
文=佐藤美の